Our Designing
少子化の時代に
園舎を建てるということ
 この10年は保育所が数多く建設された時期でもありました。待機児童が数値化され、その数を減らすため、既存の保育所の規模を大きくするか、新たに保育所を建設するかしか選択肢がなかったからです。慢性的不景気、核家族化、女性の社会進出といった社会背景を考えれば、共稼ぎ世帯が増えるのは当然のこと。保育所の需要が増えた理由はここにあります。
 しかし一方で、少子化の問題があるのも事実です。合計特殊出生率は下げ止まり傾向にあるものの、上昇しているわけではありません。保育所の増加に対し、「将来にわたって運営していけるのか」と不安を持たれているオーナーは少なくないでしょう。
 先日、ある幼稚園から「改修をしたいので相談に乗ってほしい」と依頼され、現地を見学したところ、なんと、昭和の時代に名を馳せた偉大な建築家の作品でした。ワクワクしながら園舎を拝見し、オーナーの希望を伺ったのですが、希望に反して構造的に壊すことのできない壁や箇所がいくつも出てくるのです。その園舎は、建築としては面白くても、使い方を変えようとした時の変化に対応しにくい構造体としてつくられていた、と言わざるをえません。
 この事例だけではなく、同じようなケースはこれまでに何度もありました。現在のような社会は誰にも予測できなかった、と言えばそれまでかもしれません。しかし「幼児の城」では、これから建設される新しい園舎は、予測しがたい将来にも配慮すべきだと考えています。建築的な奇抜さや面白さを否定はしませんが、園舎においては、建物の将来的な可変性の配慮は不可欠。その配慮がない園舎は、20年、30年の後に、空間や園舎の使い方を変えたいと考えた時に足かせとなってしまいます。
 具体的には、敷地面積を目一杯使って建てた平屋建て園舎は、将来の改築時に仮設園舎を建てる場所を探す必要が出てきます。敷地に余白があるだけで、それは解消できるでしょう。また、コテージのように教室や保育室を別棟にして建てた園舎は、別荘地のようで可愛らしいのですが、2つの部屋をひとつにつなげたいという場合に困る可能性があります。さらに、水まわりや電気の配管が、建物下にピット(空間の余白)も無しに配管されていると、一切動かすことができなくなり致命的です。
 多くの事例を知らないと、何十年後の将来を見据えた計画はできません。将来的な可変性を配慮しながらも、ユニークな園舎をつくるには、斬新なアイデアと豊富な経験値のミックスが鍵になるのです。
なぜトイレは南側がよいのか?
 幼児の城では、10年以上前から「トイレはできる限り南側に配置すべき」と言い続けてきました。当初は、一般的な施設でトイレを南側に配置する事例はあまりなく、トイレは3K(暗い、汚い、臭い)の場所というイメージばかりが根強く定着していましたから、「なんで? トイレなんて北側でいいでしょ」と言われたものです。しかし現在では、たくさんの賛同をいただき、実際に南側に配置した事例が増えています。
 ではなぜ、トイレは南側にあるのがよいのでしょう?
 理由は簡単で、太陽光がさんさんと入るからです。もちろん、北側のトイレでも照明の工夫で、空間を明るくすることは可能ですが、いくらやっても、太陽光の明るさには敵わない、というのが正直な実感なのです。太陽光の入るトイレは、最初は違和感を感じる方も少なくないようですが、慣れるにつれ、これまでの暗いトイレが嫌になるほどに魅力的です。
 さらに、太陽光は強い紫外線を持っています。よく知られている通り、紫外線には大きな殺菌力がありますから、太陽光が降り注ぐ南側のトイレは、北側にある暗いトイレと比べて殺菌効果も高いといえるのです。さらに、臭いの程度も変わってきます。菌は臭いの素でもありますから、菌の発生が抑えられた空間は、当然臭いにくくもなるのです。実際に南側に配置されたトイレの臭いは少なくなることが、これまでの事例を通して分かってきました。
 最近、商業施設などでは、トイレに大きな窓を設けるケースが見られるようになりました。南側にあるトイレのよさも、子どもの頃から体験してほしいと思うのです。
その“安全”は誰のため?
 さまざまな場所で耳にする「子どもたちに安全な環境を」という言葉。そこに実は大きな疑問を抱いているのです。その“安全”は、本当に子どものためになっているのでしょうか?
 PL法(製造物責任法)が1995年に制定されて以降、企業は、販売する商品に対して消費者から訴えられないよう事前の防衛策を打ち始めました。“間違った安全”がはじまったのは、この頃だと私は記憶しています。ある商品が元で尊い子供の命が奪われるような事故が起きるとする。それは本当に痛ましいことですし、そういった事故が起きたときに、多くの親が事故の原因となった商品の発売元を裁判に訴えるのも理解のいくことです。そして商品にエラーがあれば真摯に対応するのも、企業として当然のことでしょう。  しかし、こういったことをネタにして危険喚起をし、改善した商品を売ろうとする姿勢については、疑問を挟まざるをえないのです。
 子どもは小さな失敗を重ねて成長していくものです。失敗を経験に置き換えるから、失敗しないように次のステップに進んでいくことができす。先ほどの企業姿勢はこの失敗や経験を奪う行為にはなっていないでしょうか。“安全”のためではなく、単なる過保護になってはいないでしょうか。企業が訴えられるのを減らすことが主か。
 園舎設計においても、「全ての角を丸くしてくれ」というような依頼をいただくケースがあります。それは本当に子どものためなのでしょうか? それとも保護者から受けるクレームのリスクを減らすためでしょうか? 本当に子どもたちのことを考えるなら、親も園も小さな怪我は経験させるべきだ、と私たちは思います。たとえ園舎が無菌室のように“安全な環境”になったとしても、子どもたちが一歩外に出たら、そんな過保護な環境は存在しえません。もし、仮に10年後、日本国内ではまったく怪我をしない環境になったとしても、海外へ出ればそうはいかないでしょう。
 ひとりの人間の成長を本気で考えるなら、小さな失敗や怪我は大人が見守るべきなのです。本当の安全と安心とは、ひとりの子どもが、ひとりの大人になって自らの判断で正しい道を歩めるよう導くことで得られるのではないでしょうか。こうして考えるとき、園舎にできることは、まだまだたくさんあると思えるのです。
園舎を色づけるのは子どもたち自身
 私たちで手がけた園舎を見学して、いかにも子どもの場所らしい色使いでないことに驚いたという声をいただくことがあります。子どもたちは元来、元気にあふれたカラフルな存在。建物はシンプルな色使いであっても、とりどりの服や天真爛漫な様子の子どもたちがやってくれば自ずとカラフルになると思うのです。  また、園舎といえどもひとつの建築物ですから、街並みを意識し、そこに調和することが大切だとも考えています。象徴的にピンクや黄色を使ってほしい、キャラクターをつけてほしい……といったリクエストをいただくこともありますが、それでは街のなかの園舎ではなく、遊園地になってしまうと思うのです。だからといってもちろん、色を全く使わないわけではありません。使う時には園の教育方針や園舎のコンセプトに合う色を入念に検討して選ぶようにしています。
汚れにくい化学的素材は必要か?
 園舎へのリクエストとして、掃除のしやすいクロスや床材を採用してほしいという声を聞くことがあります。確かにその方が毎日の掃除もしやすいし、きれいなままの状態を長く保てるのかもしれません。でもそれは大人側の都合でしかありません。子どもたちは汚れにくい園舎にしてほしいなどとは思っていないはずで、肌触り、足触りのいい素材を、何より喜ぶのではないでしょうか。 私たちは掃除のしやすさを優先して化学的素材を多用することはよしとせず、なるべく木・鉄・ガラス……と、自然の素材を採用するように務めています。それぞれに異なる感触があり、香りや温度がある。そんな素材こそが、子どもの感性を育てると思うのです。